龍のいるまわり道

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zoom RSS 「面白い」と「面倒」について考えた

<<   作成日時 : 2018/11/17 12:25   >>

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10年くらい前に、おとなりの市でお話しする機会があって、
子どものボキャブラリーが乏しいことに触れました。
ちょうど、『うぜ〜』『たり〜』『しね』『まじ』『むかつく』『かわいい』が流行った頃でした。

不快なことは『むかつく』、気に入ったことは『かわいい』の単語一つですます。
「美しい」のも、「不気味」なのも、「可憐」なのも、「意外」なのも、みんな『かわいい』。

自分はなぜ不快なのか、本当はどうしたかったのか、どうすれば良かったのか深く考えないし
そもそも、考えようと思っても、それを表現するボキャブラリーがないので、考えられない。
結果、いらついて、周囲に当たり散らし、ますます孤立して、傷つく。その繰り返し。

自分の感情を掘り下げ、理解し、人に説明して理解してもらうためには、
「言葉」が必要ですよね。
日常のこと、自然科学、世の中のこと、なんでも、
知って、理解して、考えるためには、語彙力=ボキャブラリーが必要です。

で、この「語彙力」を豊かに増やすには、読書が手っ取り早くて確実です!
というお話をしました。



・・・ということを、
昨日、植松努さんのブログを読んで、思い出しました。

『間違った単語の使い方』
  → https://ameblo.jp/nyg1t10/entry-12419399892.html

『人間の思考は言語で行われます。
だから、ボキャブラリーが貧困だと、自分の心も理解できず、問題を表現もできず、
解決することも困難になるのだと思います。
単純な言葉で思考を単純化してしまうと、本質を見落とす可能性があります。』

植松さんは、「NASAより宇宙に近い町工場」の著者です。
ブログを時々読んでは、「そうだよな〜」とふか〜く頷きます。


『値段は理解できるけど、価値がわからない人達』
という記事も、面白かったです。
  → https://ameblo.jp/nyg1t10/entry-12417630435.html

『値段は、誰かがつけてくれるものだけど、
価値は、自分が考えるものだからです。』

自分で考えるのって、
考える材料がないと考えられないから、
自分の知っていることを総動員して、
知らないことは、調べたり教えてもらったりして、
知らないことを知れたり、
別々だと思ってたことが繋がったりすると、
「ひょ〜! 面白い!」 ってワクワクするよね。

で、それが「面倒くさく」なったら、
人生の終わりも近いのかも。。。。









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