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help リーダーに追加 RSS 「ある不登校娘のドタキャンの歴史(受験篇)前半

<<   作成日時 : 2007/12/10 10:55   >>

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不登校歴9年目の長女の受験に関しては、三つの問題があった。

第一に、本人の学力で合格できるか。
  (中学3年の出席率は1割、
  通知表はもちろんオール1どころか評価不可の「/」)
第二に、入学後授業についていけるか。
  (なにしろ小1からの不登校。
  ついこの前、デシリットルって何?と妹に聞いていたくらい。
  かけ算九九はなんとかできても、少数・分数はもう怪しい)
第三に,毎日登校できるか
  (登校は月に1,2回しかも午後から。完全に昼夜逆転の生活)

どれも程度の差はあれ、長期間不登校状態の子どもに共通する課題だろう。
おまけに長女は「今のあたしが勉強せずに入れるところに行く」と宣言。
ちょっとでも受験勉強して可能性を広げる、という考えはないらしい。
これらをクリアする「志望校」など、はたしてあるのだろうか?
大変不安を感じながらの志望校探しが始まった。

受験ガイドを見たり、ホームページから資料請求をしたり、
ちょっとでもよさそうな学校の資料を片端から集めた。
「あんたばかり熱くなっても仕方ないんだから少し落ち着くように」
と夫にたしなめられたりもした。

資料を集めるうち「通信制サポート校」を知った。
通信制高校に籍を置き高校卒業資格も通信で取るが、
レポートの作成を手伝ってくれるサポート校に高校に通うように通学する。
出席も本人のペースで良いし(週に二日とか、午後からとかもOK)、
本人の学力にあった学習を単位に読み替えてくれるし、
長女がその時志望していた「声優・演劇」などのコース授業があり、
それを楽しみに通学してくれるのではないか、と期待した。

夏休み前から学校見学をはじめ体験授業に参加した。
外出嫌いの長女がちゃんと毎回ついて来て、
「ここはイマイチ」「なんか違う」「
他になければここでもいい」と感想を言い、
やっと「ここにする」というところが見つかった。

正直年間100万円以上の費用は痛いし、
それを払っても本当に長女が通えるかは厳しいと思ったが、
とりあえず本人が「行きたい」と言い出したことで志望校を決めた。
受験は10月から4月にかけて10回機会があるので、
11月か12月になったら受験することにした。

一方、夏休みの終わりに東京都の教育相談センターの進路学習会があった。
長女と二人で参加し、都立のチャレンジスクールや単位制高校、
専修高校などの説明を聞いたが、ほとんど得るものがなかった。

短期(例えば中学になって数ヶ月〜1年)の不登校であれば、
受験勉強をがんばって受験も可能かもしれないが、
長期の不登校の場合学力不足は受験勉強以前の問題だ。
学力の面で不登校児は学校から切り捨てられ、長く親の個人的努力に任されてきた。

そのあたりを全く無視して
「都立もさまざまに不登校児を受け入れている」と言われても、
絵に描いたモチで役に立たない。
「都立ダメじゃん」という長女の感想に共感し、
二回目以降の説明会には行かなかった。

秋になり、希望のサポート校から学園祭の招待状が来て親子で見学に行った。
生徒の雰囲気も明るく、先生も親切で、全体の印象は良かった。
長女はその頃、希望を「イラスト・マンガコース」に変えていたので、
そのコースの作品展示を見たところ、長女は
「しょぼい、あたしのほうが上手い。
 高いお金を払って行くだけの価値はないから、やめる」と言い出した。
一度は決っていた志望がこの時点で白紙状態になった。
長女得意のドタキャンだ。
すでに11月。
これから一から志望校を探すのかと、正直途方に暮れた。

      (後半に続く)

この記事は、2〜1年ほど前に、
「学校を休みがちな子どもたちのこれからを考える親の会」
(略称:ぷらっとの親の会」のお知らせ「ぷらっと通信」に連載した
「ある不登校娘のドタキャンの歴史(受験篇)」の前半です。




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